2017年11月28日

【20171128】話せないからこそ歌が好きなのかもしれない

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人に自分の気持ちを理解をしてもらう最も大事な要素の1つが「言葉」だと思います。

ただしそれは人の「理解する能力」を阻害している要因にもなるんじゃないかと思っています。

言葉が理解できる者同士、すなわち日本人であれば同じ日本人同士の中で言葉の壁が存在しない(したとしても極小である)ため、日本語が母国語でない人と話す時と比べて理解しようとする力はさほど必要ないと思います。



人間には言葉をうまく使える人と使えない人がいます。

筆者はどちらかというとうまく使えない方の類です。

こうして文章にすることは比較的容易に可能なんですが、「話す」ということにおいて人一倍苦手意識があります。

現代風に言えばいわゆる「コミュ障」といわれる部類の人間です。

そのくせ、いろんな人と出会って話したい気持ちや、いろんな人の考えを理解したいという気持ちも強くて、それ自身が自分を新しい世界に導いてくれている気もします。

相変わらず話すの下手くそなんですが、これでも学生の頃よりは普通に人と話せるようになりました。笑

話すのうまい人を見ていると本当に尊敬します。

「自分の話しかしない」と揶揄される人もいますが、自分から言葉を発しているだけすごいと思います。



ときどき、「もし自分にうまく話す能力が備わっていたら、こんなに歌を好きになっただろうか」と考えることがあります。

自分にとって、言葉にできないことを表現できるのが歌なのかもしれないと思っています。

だから、話すときにうまく言葉にできない自分も、今では結構好きだったりします。

頭の中ではいろいろ考えていても、それをすぐに言葉にできないもどかしさが、歌を作る時の原動力になったりすることがあります。

歌があって、本当に良かったと思います。
posted by Ryu Saito at 12:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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