2016年11月15日

「残業」は誰の責任?

日本では残業が既に日常化していますが、そもそも残業は時間外労働なので、労務費を考えるととても非効率な時間です。

それに所定時間を超えて働くことは、ゴールの見えないマラソンのような状態になりがちなので、それを慮っても非効率だと思います。



自発的な残業(=結果として残業になってしまった)の場合は良悪つけ難いですが、そもそもの仕事量が多すぎたり、残業をしなければならない風土(雰囲気)だったりするような受動的な残業は100%無駄だと思います。


そしてその責任は上長にあります。

アルバイトが残業しなきゃいけないなら、上長である社員の責任。

社員が残業しなきゃいけないなら、上長である係長(主任)の責任。


というように、責任は芋づる式に上がっていきます。


最終的には経営者(社長や取締役)の責任です。


中には残業を喜んでいる従業員・社員もいます。
給料の手取り額が純粋に増えるためですが、そのお金は自分の時間を犠牲にしていることをどうしても忘れてしまいがちです。



去年の自分は残業だらけの生活でした。

あまりにも多い仕事量のために、残業をしすぎて身体的にも精神的にも疲労が溜まってしまい、身体に症状として現れてしまった時期がありました。


その時はその時なりに部下に仕事を割り振って、なるべく自分の残業が減るようにしていたのですが、仕事が無限にあったので、なかなか定時で上がることはできませんでした。



話は飛躍しますが、そもそも「残業」はなぜ恒常化してしまうのでしょうか。

最も怖いのは人間の「慣れ」だと思います。



例えば1日平均2時間残業をしている人は、2時間の残業が日常になっているケースが多いと思います。
定時が9-17だったとしたら、その人にとっての定時は9-19です。

1ヶ月続けば、約40時間の時間外労働が生み出されます。
これが恒常的に続けば、年間480時間分の残業代を人件費に加算しなくてはなりません。


これは経営者目線でいうと大きな痛手なはずなのですが、何を考えているのか、全く残業は減りません。



その原因になっているのが、昨今でも取り沙汰されている「サービス残業(サビ残)」、いわゆる"見えない残業"です。

今、「さびざん」と打って一発で「サビ残」が変換候補に出てきて、ゾッとしました。



サービス残業が世界的に存在するかどうかはわかりませんが、日本人特有のものだと思っています。


最も怖いのは、サービス残業をしている人たちに「無給で働いている」という自覚がなさすぎることだと思います。


マクロ視点で経済を考えれば、実際に働いている(生産活動をしている)にもかかわらず、GDP(国内総生産)には算出されない労働であり、これが蔓延化すればGDPはもはや意味のある指標ではなくなると思います。


サービス残業の強要は、本来上長の責任である残業を部下の責任として押し付ける、極めて卑劣な行為です。


しかしながら働く方も目の前の仕事に一生懸命になりすぎて、時間管理が疎かになることがしばしばあります。
時間管理が自分でしっかりできることに越したことはないですが、とても多い仕事量の前だと、時間管理をするための時間をも仕事に回してしまう場合が往々にしてあると思います。


個人的な考えですが、それで働いた気になっているような人に、本当の意味での出世の道はない気がします。
出世したとしても、「自分はこうやって頑張ってきた」と意味のない論理を押し付け、部下に同じことを強要するような上司になると思います。

同じような人がまた上司になれば、サビ残スパイラルの完成。


セーフティネットとして「労働基準監督署」があると思いますが、正直期待できないです。
ちゃんと機能してたら、サビ残なんて起きないと思います。


残業、もう一度自分なりに考えてみませんか。
posted by Ryu Saito at 19:06| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おつかれ!
相変わらず面白いな〜!笑
今、金融機関で営業してるけど、残業に対してはここ2、3年で急激的に厳しくなったよね。
サービス残業、労働時間外etc.が悪の様に言われる社会になってる。
それが望ましいのかどうかは悩ましいな。

終わりのない日々。
時間が足りない日々。

正直、時間が欲しくて欲しくてたまらない。自分の人生を削ってでも仕事を終わらせたい。と考えてるのが本音。金なんて要らない。

口先だけなら何とでも言えるが、実際の現場では担当している「顧客」がいて、「上司」の命令や実績の「ノルマ」が課せられる。膨大な「仕事量」が存在し、仕事が取れない、出来ないものなら「叱り」を受けながらも、顧客からの「信頼」を保ち続け、会社へ「利益」を与えることが求められる。

「これやれ」、「何で言う事を聞かない」、「なぜ出来ない」、「何でそんなに遅い」、「何が忙しいんだ」、「容量が悪いだけだろ」、そんな事しか言われない社会。
行き着く先は「自分が悪いだけ」。

仕事を取ってきても褒められることは無い。
仕事を取ってきてもしっかり出来なければただ怒られるだけ。
とりすぎても自分で対応しきれず、顧客へ迷惑をかけた上に、上司に叱責される。
上司が味方だと思うこと自体が愚の骨頂。バカバカしいだけ。それこそ残業より無駄。

だからこそ、自分を守るものは自分しかい。
自分を守るためには仕事を終わらせなくてはならない。
顧客からの依頼や約束も守らなくてはいけない。
だから、残業が増える。仕事に終わりは来ない。時間が足りない。

斎藤が言う通り、課せられる仕事の量も多いのが事実。
でもさ、「上司がもっと部下の事をよく見ていてくてれ、手助けを行ってくれれば、今よりは追い詰められる環境にならないんだろうな」と思う。きっと辞める必要のなかった人も沢山いたと思う。

社会が変わらなくてはいけない。
しかし、それに応じて人の考えも変わっていかなくてはいけない、と俺は思う。
昔の考えしか持っていない人。
「部下は上司を立て、守り、助ける。当たり前だろ。上の人が常識だ。部下はわがままばかり。若者は常識がない、我慢が足りない。俺が若い時なんかは…」などなど、そんな考えは捨ててほしい。

「部下は上を支え、上司は部下を守り、助ける。」
そんな社会が来てほしい。
若い人は馬鹿ではないよ。
今の若い人は「尊敬する人」にはとことん尽くすし、従順だよ。
今の上司には「尊敬される人」を目指している人はどれだけいるのかな?

残業が減るためには言葉だけじゃ足りない。
全ての人が「心から」変わっていかないと無くなることはないし、ただただ仕事が辛くなっていくだけだよ。
Posted by 名無しと言えない内田 at 2016年11月15日 23:43
久しぶりだな、相変わらずで安心したよ。

俺は自分のことを変人だと思ってるけど、4年間つるんできただけあって変なところ(社会的常識のようなもの)に対して熱くなる変人だな。笑


基本的には残業のない社会を望む人は多いと思うんだ。

実情もよくわかる。
終わりの見えない仕事、顧客満足を最優先にしなければならない現実、利益を創出し続けることの大変さ。

やっぱり最終的には部下は尊敬できる人にしかついていかないんだよね。


上司に余裕がないのも原因なのかな。
平社員から見た上司って一般的に中間管理職(部下と上長との板挟み)だから、双方に気を遣わなきゃいけない大変な仕事なんだと思う。

その仕事を楽しんでやっているかどうかはもろに顔や行動に出るし、それが評価の対象にもなる。


やっぱり企業や組織を作るのは経営者だと思うんだ。
仕事に余裕がないことを、経営者が知った上で「鞭を叩いている」のか、それとも「黙殺している」のか、あるいは「本当に無知」なのかによっても精神的な労働環境は変わっていくんだろね。


変えようとする人にしか社会は変えられないよ。
だから自分にできることをやっていくしかないよね。

来年、東京に行くつもりだから、もし会えたら飲もうぜい。
Posted by Ryu at 2016年11月16日 10:35
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