2017年10月25日

【20171025】時間は命を喰らう

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私たちが当たり前のように捉えている「死」は、実は時間に食べられているという考え方もできるのではないだろうか。

この世に生を受けると同時に「死」を確定させられるが、本当は見えない何かに命を削られ、食べられているような感覚になることがある。

今のところ「時間」という答えでしかないが、もしかしたらそれ以外の何かなのかもしれない。


人間は死にゆくように見えて、生き続けている、という考え方もできる。

子孫が繋がっていくことは、人間、ひいては生物全体の徹底的な時間への争いなのかもしれない。

もし私たちが時間に抗うことができるとすれば、子孫を残し、後世まで遺伝情報を伝え続けること以外にありえない。

ただしそれは人間全体というマクロな視点で考えた結論であり、個人というミクロ的視点における最適解とはなりえない。


人間はその生まれ始めから今に至るまで、数々の争いを繰り広げてきた。

人間が人間を喰らうような時代でも、時間は満遍なく命を喰らい続ける。

残酷なまでに、均等に。


人間はいずれ絶滅する。

それは、地球の資源が枯渇し、人間の命を繋ぐものが途絶えた時に起こるか、もしくは隕石や地球爆発などの天変地異が起きるようなこと以外には考え難いが、その時はいずれ来る。

そうなった時、今ここに記録しているようなインターネット上の媒体にアクセスできる生命体がいるとすれば、私たちがこの世界に生きていた記録を人間以外の誰かに語り継ぐチャンスはまだまだ大いに残されている。

決してそれ自体に意味があるかどうかは定かでは無いが、少なくとも、無形のもので残すことができるインターネットのような技術は、人間が生み出した間違いなく有用な記録媒体に他ならない。





なんとなく今日は、いつもと違うテイストで書いてみた。
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2017年10月24日

【20171024】頭を常に掻き回す

固定観念が勝手にできていかないように、新しい情報や考えを常にインプットしていることが重要だと思います。

これらを外部媒体(本・メディア媒体等)に頼るのはとても簡単ですが、内部的に考えを改めることもできるんじゃないかと思います。

「自問自答」と呼ばれるものであったり、「瞑想」だったり、そこまでいかなくても、「自己批判」として、常に自分の考え、行動等を客観的に見れるような意識を常に持っておくと、自己中心的な考えに陥ることも抑制できますし、その結果人を傷つけるようなことも少なくなると思います。

自分のやりたいことをやることと、人を気にしないことを同一直線上の考えにしてしまう例もありますが、これらは根本的に違っていて、自己実現と他人への配慮は全く別の軸にあるものだと思います。

自分のやりたいことを追い求めるために、周りへの配慮や感謝を忘れてしまっては、やりたいことの実現も難しくなるでしょう。


どちらにも気持ちを持っていくには、「頭を常に掻き回す」ことが大事だと思います。

新しい常識や考えに対して寛容になることは、元々そうしようと思わないとできないことです。
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2017年10月23日

【20171023】結果を早まらない

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前に進もうとする気持ちをいつも邪魔してくる「不安」。

人によって不安の感じやすさは全く違います。

そしてそれ自体が、価値観の形成に大きな影響を与えているともいえます。


成功していると言われている人達は、不安に対して鈍感というか、不安に強い人が多いことは言うまでもありませんよね。


でも、どんなに結果を残している人だって、その道中は不安になることもたくさんあったはずです。

それをどうやって乗り越え、結果につなげたのかを考えると、「ブレないこと」のみに尽きるのではないかな、と思います。


どんなに高いハードルが目の前にあって、一生かかっても超えられなさそうに感じたとしても、ブレずにチャレンジを続けることができるかどうかの違いは、結構大きいんじゃないかと思います。
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