2017年07月19日

【20170719】「なつやすみのとも」っていう宿題

昨日は「歌・音楽」をテーマに自分の幼少期のことを思い出しながら書いていましたが、今日はそこから派生して、小学校の夏休みに宿題として出されていた「なつやすみのとも」について書こうと思います。


っていうか、知ってます?なつやすみのとも。

確か1年生の時はタイトルが全部ひらがなで、2年生からは漢字のタイトルだったような気がします。


調べてみたらWikipediaにありました。



福島では「夏友(なつとも)」と略して呼ぶのが一般的でした。


今もちゃんとあるんだろうか…



低学年の頃は簡単な問題も多くて、夏休み3日目にはもう終わっちゃってたような気がしますが、学年が上がるにつれて問題も難しくなっていき、1問解くのに時間がかかるようになるから、徐々に夏休み後半に追い込んでやるようになっていったのは良い思い出です。


でも、高校とかの夏課題に比べたら全然楽でしたね。


今はもう社会人になってしまったので、学生が取れるほどの長い夏休みはなくなってしまいましたが、でも、だからこそ学生時代の夏休みに遊んだこととかを思い出すのも良いですよね。
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2017年07月18日

【20170718】元々は歌が好きではなかった

今でこそ歌や音楽が大好きで毎日のようにnanaやYouTubeで歌を歌っていますが、実は小さい頃は、どちらかというと歌や音楽があまり好きではありませんでした。


というより、カラオケを歌わされるようなことがあり、超恥ずかしがり屋だった私は、みんなが聴いている前でどんな風に歌えばいいのか全くわからず、結局歌えない、というような経験がありました。


そのトラウマのような経験から約10年間、学校の合唱などで歌うことはあっても、1人で歌うことは、自分しかいない空間以外の場所では全くありえないことでした。




突如訪れた転機

そんな私も中学生になり、音楽の授業で「ギター」に出会いました。


同時相当ギターにはまり、音楽の教科書に載っている曲では飽き足らず、毎日のようにTSUTAYAに行って音楽雑誌を見に行き、新曲のコード進行などを見に行ってました。


祖父母の家にたまたまあった、何十年も前に買ったギターを譲ってもらい、弦を張り替え、時間を忘れてギターを弾いていたのを覚えています。


そのギターは今も実家にあります。

当時はまだコードの運指がよくわかってなかったので、学校のギターと同じように、よく使うコードの運指がすぐわかるようなシールをギターのネック部分に貼り付けていたような気がします。


ギターを弾くようになると、自然と歌も歌うようになっていきました。


学校の教科書のギターは、クラシックギターで弾くような、いわゆる「ソロギター」的な楽譜で、よくわからなかったのですが、TSUTAYAで見ていた雑誌は、コードが中心(しかも初心者でも弾けるように簡単なコードに簡略化されてるもの)だったので、

そちらを中心に練習するようになっていき、それに付随して歌もたくさん歌うようになりました。


その時にいろんな歌手の曲を聴いて、歌い方に興味を持ち始めました。


一人一人こんなに違うのに、どうして全部良いと思うのか、歌には「上手い・下手」では測れない何かがきっとある、と思うようになりました。



高校では別の形で歌の世界へ

高校ともなると、友達ともカラオケに行くようになり、完全に歌に対する抵抗はなくなっていました。


私は歌が好きになってからずっと「コブクロ」が好きだったのですが、みなさん知っての通り、コブクロって2人組じゃないですか。


頑張れば1人で歌える曲もあるんですが、重厚なハーモニーはコブクロの魅力の1つです。


どうしても声を重ねたくて、ハモりパートを本格的に練習しだしたのはこの辺りからだと思います。



本当は高校では軽音楽部に入りたかったのですが、音楽系の部活は合唱部と吹奏楽部くらいでした。



中学までサッカーをやっていたので、当時は結構勇気が要りましたが、高校では合唱部に入りました。



今思えば、この選択は大正解だったと思います。

発声について毎日トレーニングできたし、どんな声の出し方をすれば喉に力が入らないかも知ることができました。





大学で出会った「アカペラ」の世界

私のこれまでの音楽人生の中で、決して外せないのが、大学での「アカペラ」との出会いです。

「ハモネプ」でお馴染みの「アカペラ」ですが、私がサークルに入った当時はまだサークル創立から3年しか立っておらず、サークル員は30人くらいだったと思います。

それが今では、100人前後のマンモスサークルになっているようです。

以前ご紹介したサークルの動画を、今回も載せておこうと思います。



これは去年、アカペラサークルの創立10年を記念して作成した動画です。

まさかこんなことまでできるようになるとは、思いもしませんでしたが、このアカペラサークルで経験した4年間は、今の自分にとってものすごく大きな財産になっています。

歌のことだけでなく、楽譜のアレンジまでも自分たちでやるような音楽なので、否が応でも楽譜についての基礎知識を習得しなければなりませんでしたが、幸い高校時代合唱部であった私はある程度すらすらと楽譜が読めるくらいになっており、1年目の早い段階でアレンジもするようになりました。




"YouTube"との出会い

2011年3月に東日本大震災が起こったのは、言うまでもありません。

大学は5月まで休みになり、放射能の件もあったので極力外出は避けるように、ということになっていました。



とても暇でした。



暇すぎて、ネットで色々見ていたら、高校の時にちらっと見ていたYouTubeというサイトに結構面白い人たちがたくさんいるのを見つけました。

後の「YouTuber」と呼ばれる人たちの最初の方の動画をあれこれ見ているうちに、「自分もYouTubeに動画を投稿したい」と思うようになりました。

でも、自分にはこれといって人を笑わせるような話術もないし、キャラが面白いわけでもない。



でも、歌なら、聞いてくれる人がいるかもしれないと思い、早速投稿しようと思いました。

どんな音楽をやろうか考えた時に、パソコンに繋げられる、高音質で録音ができるマイクで何かできないかと考えた時に、「アカペラの多重録音をしてみよう」と思い、動画を投稿し始めました。


当時はまだ機材の使い方についての知識もほとんどなく、なんとなく良い感じに聞こえたらそれでオッケー、みたいな感じで録ってました。


それを始めてから、もう6年が経過しました。

今でもたまに多録動画を上げているし、まさかKing of Tiny Roomという団体を立ち上げてコラボ活動もするようになるとは思ってもみませんでした。



"nana"との出会い

私にとって、音楽の分野では最も新しい出会いです。

nanaの投稿履歴を遡ってみたら最初の投稿は2015年8月24日でした。

社会人2年目、仕事が辛くてどうしようもなかった時期です。


改めて聴いてみたら、やっぱりどこか元気のない歌声ですね…


でも気づいたら、もう現時点で340件も投稿しています。


nanaを通して知り合えた人もいますし、何より歌う機会がとても増えました。


感動的な演奏をする人もたくさんいて、音楽や歌に対するモチベーションも上がりました。



おそらく、これからもYouTubeとnanaは続けていくだろうと思いますが、歌が好きではなかった小さい頃から比べると、見えている世界はまるで180度違います。


そのように感じられることがどれだけ幸せなのかを噛み締めながら、これからも自分のペースで、音楽と向き合っていけたらと思います。
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2017年07月17日

【20170717】小さいことから、全部始まる

敷居が高い、ハードルが高いものって、結構ありませんか?


趣味の世界は、お金がかかるものが結構ありますよね。


例えば、ゴルフ。

ゴルフに必要な道具一式を揃えるのにいくらかかるんでしょうね?

買ったことないので相場がわかりません(調べてみたら初心者用は全部まとめて3万円くらい?)が、祖父がゴルフ好きで何セットかクラブを持っていて、打ちっ放しの練習場でゴルフをさせてもらったことが何度かあります。


ゴルフって、まっすぐ飛ばすのがとても難しいんですよね。

これは、実際にゴルフをやってみなければわからないことです。



自分が批判している世界は、もしかしたら自分がいる世界よりも楽しい世界なのかも?

やりたくてもハードルが高くてできない、という理由の他に、その世界にいる人が好きではない、という理由もなくはないと思います。

極端な例を出すとすれば、お金持ちの世界。


毎日パーティーをしたり、豪華客船で旅行をしたり、すごいところに別荘を持っていたりするような、気の遠くなるようなお金の使い方をしている人たち、という印象があると思います。


でも彼らはきっと、それを見せつけたくてやっているわけではないですよね。


まあ、中にはそういう人もいるのかもしれませんが、お金がないとできないことなので、私としてはぐうの音も出ません(苦笑)。


彼らはそこで重要な商談をしているかもしれません。

私たちの生活に大きな影響を与えるかもしれないようなことを話している可能性だってあります。


例えば私が彼らに対して何か批判をしたとしても、彼らは気にも留めないでしょう。


それが彼らの生きてきた人生であり、彼らに更にお金が集まる所以なのかな、とも思います。



お金は"信用"

お金持ちには必ずお金が集まる理由があると思います。

彼らの中には、仕事の範疇を大きく超えたビジネスをしている人もいるでしょう。


もちろんこれは、何もお金持ちだけに言える話ではありません。


普段勤めている企業の業績を気にしたことはありますか?


仕事はどうしても「給料のため、生活のため」という方が多いと思うのですが、逆に生活するのにいくらかかるか気にしてみたことはありますか?


お金持ちは稼ぐ力もすごいけど、節約する力もすごいと聞きます。


節約すれば単純に出ていくお金が減るので、その分のお金は手元に残ります。


節約したお金を元手にビジネスをしている人もきっといることでしょう。

ビジネスによって増えたお金は、「信用」と置き換えることもできると思います。


販売する商品を買ってくれたり、サービスに対して対価を支払ってくれたりと、お金の増やし方には色々な種類があると思います。


その全ては、「信用」の積み重ねなんじゃないかなあ、と思います。


例えば同じものを提供してくれる取引先でも、前にお世話になっている取引先と、全く関係のない取引先だったら、どちらの取引先を選ぶでしょうか。


答えは明白ですね。


そしてお金の流れもこれに準ずる形となります。


こうした信用の積み重ねで、自由に使えるお金は増えていくんだと思います。




結局、始めなければ何も起こらない

普段の生活で何か興味を持ったことだったり、やってみたいと思うようなことがあったりしたら、迷わず挑戦してみると良いと思います。


最初はそれにかかる時間のことなんて考えなくていいと思います。


やろうとしていることが自分にとってどれだけの得になるのかも、あまり考えてはいけません。

というか、考えてもわかるはずがありません。

歳なんて関係なく、これからの生き方には誰にだって可能性があると思います。

未来は誰にとっても、自分自身で作るものだと思います。


たとえ自分のやっていることを周りから批判されたとしても、それはあなたにとって人生をかけてやり遂げなければならないことかもしれません。

「何のためにやるのか」なんて、二の次でいいと思います。これも答えのない問いだと思います。


「人間が何のために生きているか」という問いに対して、誰も絶対的な答えを説明できる人なんていません。


だからせめて、自分が生きた証を、残そうとみんな必死なんじゃないかな、と思う時もあります。



「歌なんか歌って何になるの?」「動画を作って何になるの?」「ブログ記事書いて何になるの?」

これらの問いは全く見当違いです。

「やりたいからやる」という答えしか見つかりません。


「お金の心配を最小限に抑える」ことは、社会で生きていく私たちにとって必要不可欠なことです。


でも、それは最低条件でしかありません。

それがクリアできたら、今度は自分の夢を実現するために今何をすることが必要なのかを考えると、ただ毎日を過ごすだけの生活にちょっとだけスパイスが足されたような刺激を得られるかもしれませんね。


夢は大きく、目標は小さくするのが、継続の一番の秘訣だと思います。


最初は適当でいいと思います。

何かを作ろうとしている人は、クオリティだって低くていい。

楽器を始めようとしている人は、音が出なくたって、出た音が汚くたっていい。


ゴルフをしようとしている人は、OB連発だっていい(ダメか)。


とにかくやりたいと思ったことはやってみると良いと思います。

それが、思わぬ形で何かに結びつくこともあるのかもしれませんね。
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